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ピットイン

うちのチームには”クイックチャージャー”がある。うちのチーム、結成から10年以上を経過しているなかなか息の長いチームなのである。

結成当時は「レプリカ全盛、耐久は大盛り上がり」の時期だった。クイックチャージャーも高価でチームの会費を集めて購入を目指していた。
しかし、時は流れ、みなの収入が当時より上がっていったことや、レース関連の部品や備品が安価になり、ガレージセールなども開催されるようになったため、チーム員の一人が個人購入したものが使用されているのである。

これがあると給油は早い。今時、耐久に出るチームでチャージャーの無いチームは少ないだろうが、かつてはあこがれの所有物であった。
(これからは口径規制などもあるので、使えるかどうかのチェックは必要である。)

給油とライダー交代はセットになっている。ライダーは1時間以上連続して走行してはならないし、給油をするときには必ずライダー交代を行わなければならない。
大体1時間以上燃料が持たないことが多いので、ほとんどみなピットインの回数が同じになる。(うちは例外)

ピットに入る際の注意は「スピード違反」である。
ピットロードでは85km/hのスピード制限があり、これは大会期間中共通である。
スピードメーターの付いていないマシンでどうやってコントロールするか?それぞれのチームで工夫はあると思うが、私の相棒は工学部出身。あんまり気にしていなかった私を後目に彼はせっせと計算を始め、回転数を割り出してくれた。

非常に正確な計算で、最初の給油時に規定の回転数ギリギリでピットインしたが、オフィシャルからの違反通知はこなかった。「これはナイス!」と喜んだ私は、その時まだ計測地点が”進入路とピット中央のみ”だと思っていた。

2度目の交代時、ピット中央から急加速を試みた。ピット出口からコースへ入る瞬間、公道で”ねずみ取り”と呼ばれるものに似た姿を発見する。
みなさんも経験がお有りかと思うが、あの瞬間は非常に嫌な気分になる。思わず加速を止め、コース半ばで停止しそうな気分に陥る。
しかしまさかそんなことは出来ないのでコースへ進入し周回を続けると、裏のストレートで案の定、黒旗と車番が出ていた。 罰金は無いが、ストップアンドゴーのペナルティーは課せられる。停止時間は一瞬であるが、何度も違反をすると秒数が増えるようである。公道ではないので納付書は必要無いが
、今でも手元に違反通知書は残っている。その書類には(罰金支払方法に関してはコントロールタワー3F「大会事務局」まで)となんとも恐ろしい文面が記載されている。

レースが経過してくるうちにマシンに異変が起こりだした。走行中、6速に入れると異音がするのである。何が原因かは分からないが6速に入れると、5速との間でギア抜けが繰り返されるような感じでトップスピードが伸びない。異音がする状態でも走れないことはないが、マシンが壊れる恐れとオフィシャルからリタイアを勧告される不安がある。

やむなく5速でストレートを走行するが他車を抜くことは出来ない。悔しいながらも完走を目的に淡々と走行するのみである。(相棒は6速走行を続けていたらしいが・・・)

ゴール

ライトオンのサインが出るとゴールはもうすぐ。ここまでの順位はスタートより上がったもののミッションの不調もあり後は下がる一方。それでも完走は大きな目標だけに、マシンをいたわり最後まで走り通せるように頑張るだけ。

別チームのライダーは、以前、チェッカーに気づかず、感動のラップを全力で走りきってしまい、感動に浸ることが出来なかった、と漏らしていた。

私はちゃんとチェッカーを確認し、ゴールラインを超える。
チェッカー後のラップはまさに感動であった。
コースサイドのオフィシャルは手持ちの旗を私たちに振ってくれている。
同時にチェッカーを受けた他チームのライダーは私に手を差しのべてくれた。

このような待遇を受けると、気分はまさにグランプリライダー。
コースサイドのオフィシャルそれぞれに「これでもか」というくらいの愛想を振りまきメインストレートに戻る。

そこには完走したマシンやライダーが集結し、感動のゴールを皆で分かち合っている。私たちのチームは2台体制ながらチームの総勢は応援なども含め30人ほども居るため、ものすごく盛り上がり、また目立つ。

友人からはシャンパンが用意され、上位入賞では無いにも関わらずシャンパンシャワーを体験することが出来た。
以前からテレビでシャンパンシャワーを目撃する度に「ツナギを洗うのが大変だろうな。」と感じていた。
やっぱり大変だった。
しかし、みんなが手伝ってくれたことは大変嬉しかった。

こうして耐久レースは終わりを迎え、ピットで片づけをしていると今度は別のクラスのマシンが搬入されてくる。耐久シーズンのこの時期は、最終の8時間耐久を終えるまでスケジュールが詰まっているのだ。

大した結果を残すことは出来なかったが後日、参加者中1番の成績を残していることが分かった。
4:05'06.668
どうやら一番長く走行していたらしい。(トップに抜かれる瞬間にゴールラインを超えたようだ。)

2002年度の鈴鹿のレースは、新しいクラス(NK-OPEN/SP-OPEN)の創設や、SPクラスとの混走での耐久となる。
また機会を見て紹介できれば、と考えている。

2002年鈴鹿4時間耐久レースへ